「振り込め詐欺」の 末期的手口
「名簿」「プリペイド式
携帯電話」「他人名義の
銀行口座」。この三つが振り込め詐欺の“三種の神器”で、ヤミで大量に売買されている。その一つ「口座」をめぐって、詐欺界が今、大混乱に陥っているという。当局の規制強化をきっかけに、詐欺師が詐欺師をだましたり、素人が詐欺師をだましたりという“無秩序状態”が出現しているのだ。
「チョットしたお小遣い稼ぎをしませんか? 皆さまの銀行口座を買い取ります。1通2万円」
突然、送りつけられてきた怪しげなダイレクトメール。こんな誘い文句が書かれていたら、あなたはどうするだろうか。
タンスで眠っている昔の通帳が金になるならと、乗り気になってしまう人もいるかもしれない。
この話に乗ってしまえば、あなたは犯罪者となる。冒頭のDMは、実際に今年1月ごろに都内でまかれていたものだが、世の中に、うまい話などはない。口座売買は立派な犯罪である。
口座売買を禁じる「改正本人確認法」が、昨年12月末に施行された。これで、正当な理由なく通帳やキャッシュカードを売買したり、売買の勧誘をしたりできなくなった。当然、冒頭のDMは同法違反。違反者は50万円以下の罰金、業務として行うと2年以下の懲役または300万円以下の罰金が科される。
法律を改正してまで口座売買を禁じたのは、横行する振り込め詐欺を抑え込むのが目的だ。一時期ほどの勢いはなくなったものの、振り込め詐欺は、なお全国で猛威を振るっている。警察庁によると、今年1〜7月の認知件数は1万3242件、被害総額は約138億5000万円にも上る。
その振り込め詐欺団やヤミ金融業者などが、前述の「名簿」「プリペイド式携帯電話」、そして「他人名義の銀行口座」を使って悪事を働いているわけだ。都内のあるヤミ金業者が言う。
「名簿と同様、通帳とキャッシュカードも
セットで取引されていて、それを商売にする『口座屋』も存在する。一度使った口座は凍結されてしまうリスクがあるため、犯罪グループは、それぞれ100単位の口座をストックしている」
いわば、不正口座は悪徳業者の生命線。ところが、それをめぐって、詐欺界が大混乱に陥っているという。いったい、どういうわけか。
口座相場の大暴落
詐欺界混乱の序章は、「不正口座」価格の乱高下だった。ヤミ金業者に多重債務者の信用情報を卸す名簿業者が、証言する。
「口座の価格が今年の初め、大暴落したんですよ。だいたい5万円が相場だったのが、1万にまで値崩れした」
きっかけは、当局の摘発強化である。警察と銀行、金融庁が連携し、2003年から捜査情報に基づいて不正口座を凍結する措置を取っている。これが昨年から強化され、全国銀行協会によると、今年4〜6月期には全国で1万以上の口座が利用停止、強制解約となったという。
この名簿業者によると、ヤミで流通する不正口座の多くが、多重債務者に作らせたものだという。ヤミ金業者が債務者に
借金減額を持ちかけ、銀行を片っ端から回らせて大量に口座を開設させる。
「最近は警察と銀行の監視がきつくなってきた。不正口座の一つが捜査で明らかになると、同じ多重債務者名義の別口座でも入出金がマークされるケースが出てきたんです。詐欺団はやむを得ず、手持ち口座を売りに出すようになり、不正口座数十万件がヤミ市場に流出して大暴落、というわけです」(名簿業者)
だまし合いが始まった
しかし、詐欺団にとって不正口座は儲けの源泉。アシが付く恐れのない口座を新たに取得しなければならないところだが、改正本人確認法の施行で「口座屋」にも厳しい法の網がかかるようになった。前出のヤミ金業者は、こう証言する。
「口座がなければ商売にならない。3月には口座の相場は反転し、高騰を始めたんだ。ところが、そこで、なんとヤミ業界内部でだまし合いが始まり、混乱に拍車がかかった。『抜き』が横行したんだ」
「抜き」とはヤミの業界用語。振り込め詐欺団やヤミ金業者の不正口座に振り込まれたカネを、別の詐欺師が先に口座から「抜いて」、取ってしまうものだ。
方法は簡単で、売り渡した口座のキャッシュカードを家族名義などでもう一枚作るか、紛失を理由に再発行させる。その後は口座を絶え間なく
チェックし、入金があったら即座に抜いてしまうのだ。
「この方法を、口座の名義本人の多重債務者に教えて、やらせる詐欺師が出てきたんだ。商売がきつくなった『口座屋』が、『抜き』に走って業界から姿を消す例もあった」(ヤミ金業者)
ならば、だまされる側の詐欺師が、負けじと、こまめにカネを引き出せばいいではないかと思うところだが、そうもいかない事情が、詐欺団にはあるのだという。
「自分で引き出すのは摘発の危険があるので、多重債務者に“危険手当”として2万〜3万支払い、銀行に行かせるのです。これが積もれば結構な
出費なんですよ。だから、ある程度振り込みがたまったところで引き出そうとする」
前出の名簿業者は、詐欺団の“懐事情”を、こう説明する。
使える不正口座が欲しくてたまらない詐欺師の弱みに付け込み、その上前をはねるという詐欺。だまされたほうが警察に駆け込むなんてことができるわけもなく、当然、泣き寝入りするしかない。われわれ一般人から見れば、痛快でもある。
詐欺界の混乱は、これで終わらない。彼らのだまし合いに、なんと素人が参戦してきたのだ。それが、
インターネット上の「口座屋」だった。
“悪質”な「ネット素人」
ネット上では1997年ごろから、口座売買が半ば公然と行われていた。違法となった今でこそ表に出てこないが、取引を続けるサイトは、まだいくらでもあるという。ネット犯罪に詳しい、ジャーナリストの森一矢氏が指摘する。
「『抜き』は、ネットでは『乗っ取り』と呼ばれて横行しています。素人が『乗っ取り』をやっているのもある。そもそも、ネットでは取引相手の素性が全くわからないのだから、素人でもプロをだませるのです」
あろうことか、ネットの「オークション詐欺」と同様に、カネは支払ったが通帳もカードも送られてこない、というわけだ。プロの面目丸つぶれである。
詐欺界の混乱は、なお続いている。口座の相場は今や10万〜20万円と昨年の倍以上にまで暴騰しているという。「抜き」の恐れのない“信用のおける”口座が、市場で少ないためだ。
「おかしな話ですが、『不正ではない不正口座』であることを証明しないと、ヤミでは売買ができない状態なんです。口座を開いた多重債務者の身元を明らかにするなど、いわば口座の“血統書”がないと、今は誰も買おうとしない」
と森氏は言う。
「今や業界の人間が顔を合わせれば、『口座ないか』が口をつく有り様。多重債務者に親戚の通帳を持ってこさせたりして、なんとかしのいでいる」
と、前出のヤミ金業者は嘆いている。詐欺師たちは今、深刻な「人間不信」に陥っている――。
(YomiuriWeekly2005年9月25日号より